16)梅コブ茶


「・・・・・・」

無言になり、拓治郎から視線を落とす梶原。
何かよほどの心配事でもあるのか、がっくり肩が落ちるのがわかる。

「お前、コブ茶飲むか?」

唐突にそういうなり、部屋のすみにある小型の冷蔵庫のところまで行く拓治郎。
冷蔵庫の上には、ポットと湯のみ、そして何本かの茶筒が置いてあった。
拓治郎は、“福寿司”とかかれた特大の湯のみを二個並べると、
並んだ茶筒の中から、それらしいものを手に取る。

「あ・・・これ、梅コブ茶じゃねえかぉ・・・俺はシンプルなコブ茶派なんだけどなぁ・・・
ったくよお・・・まぁいっか・・・ぶつぶつ」

小ぶりな缶をあけ、中に入っていたスプーンで粉末を山盛り二杯づつ、湯のみにいれる。
そして無造作にポットのポンプボタンを押す。

じょぉぉぉぉ〜

梅コブ茶の香りがする湯気が立ち上がり、
そっこうで一杯目の大盛り梅コブ茶のできあがり。
さて、次の湯のみにお湯を注いでいると、

じょぉっ!ごぼごぼごぼごぼ・・・ごぼっ!ごぼごぼごぼ

「あり!?・・げ! お湯がなくなりよった。あっちゃあ」

湯のみがでかいので、お湯はまだ半分ちょっとだ。

「うう まいったなぁ・・・これじゃ、梅コブ茶のエスプレッソじゃん・・・
まぁいっか、こっちのお湯をちょっともどそ あはは」

拓治郎は、一杯目の大盛り梅コブ茶を二杯目にちょっと足す。
二杯の、やや濃い目の普通盛りの梅コブ茶が出来上がった。

「わりい。景気よく粉いれちまったから、ちょびっと濃い目かもだけど、
まぁ、我慢して飲んでくれ。あはは。お前まだ血圧はだいじょぶだろ?」

ずずっ! ずずずずっ! 

梶原にすすめると、さも美味そうにさっさと梅コブ茶をすする拓治郎。

「ほれ・・・うめえど?」

うながされて梶原も福寿司の特大湯のみを両手で持ち梅コブ茶をすする。

ずっ! ずずず ず〜〜〜〜〜〜〜!

「な?」

無邪気な笑顔で、そう梶原に問いかける拓治郎。
その笑顔を見て、沈んでいた梶原の表情にも笑みが浮かぶ。

そんな拓治郎の顔を見て、何か意を決したように梶原は、
湯のみをベッドサイドのテーブルに置き、再び話し始めた。

「あの単車の事故の時に、ケツに乗っかってた俺のダチ・・・ツヨシっていうんですけど・・・
ヤツも今、明光園にいるんですよ・・・
でもあいつ、もうボケちまってほとんど寝たきりなんですけどね。
あいつももう、この世に身寄りは誰もいないんで、5年前二人で自主入園で明光に入ったんです。
つうか、あいつの場合、明光に入る以外生きてく方法がなかったんです。
今のご時世で、金も身寄りもないボケたジジイが家にいて自費で介護にかかれるわけねえし、
かといって仕事なんてできるわけないし、世話してくれる女がいるわけでもない。
それまでは俺もツヨシに経済的なカンパや、出来るだけの世話や介護もしてきたんですけど、
俺にも仕事はあるし、ツヨシのボケは日に日に激しくなってくるし、身体もあちこち悪くなってくるし、
とうとう、素人の俺じゃ面倒見きれないって状態になっちまったんです。
自主入園すれば国からの補助もあるし、介護もつくんでツヨシもどうにかこうにか生きていけます。
俺はまだ足腰も丈夫だし、仕事も続けられたんですが、
でもボケちまったツヨシを一人ぼっちで養老院に入れるなんてことはできません。
だから仕事やめて一緒に明光園に入ったんです。
何年かはそれで平和に暮らしてたんですが・・・」

「黒澤が入ってきたってことか?」

「そうです・・・ヤツが来て、明光のすべてが変わってしまいました。
それまでも、そんなには良い養老院じゃなかったんですが、いちお私立では、ましな部類でした。
最低でも医・食・住は確保されていましたからね・・・それが今や黒澤に私物化され、まるで軍隊です」

「つうか、あすこに今、学ラン着たタコ坊主以外の一般生徒っているのか?
ましてや介護にかかってるヤツとか、寝たきりのヤツがいるなんて聞いたことないぞ?」

「そうです。今の明光では黒澤の全国制覇の野望の役に立たない生徒は、みんな見殺しにされていきます。
食事や世話、介護、場合によっちゃ衣類や部屋さえも、満足には与えてもらえません。
手間のかかる役に立たない生徒は、牢屋のような地下室に押し込められて悲惨な待遇です。
だからもう、ほとんどそういった生徒は生き残っていません。
もちろん、役に立たない新規の入園希望者はここ数年受け入れていませんから、
今じゃ介護の必要な生徒は、ツヨシ以外数名いるだけです。
しかし、健常者だけしか在籍していないことになると、園に対する国からの介護補助予算が出ませんし、
園の運営状況を国から調査されますから、まったくゼロにはしないよう注意してるようです。
そのあたりも黒澤は抜け目ありません」

「ん? つまり・・・もしかして、そのツヨシってヤツは人質になってるってことか?」

「・・・そうです・・・。
明光の中では、黒澤はまるで神です。人を生かすも殺すも、すべて黒澤の心次第です。
俺ひとりならどうにでもなるんですが、しかしツヨシはそうはいかない。
特殊工作要員として俺に目をつけた黒澤は、俺を自由に使う為にツヨシを利用しました。
俺はツヨシの安全を保障してもらうという条件で、トロイの任務を引き受けました。
そして、それからはトロイの一員として黒澤の指令を受け、
今日まであちこちの園をつぶす工作をしてきました」

「・・・そっかぁ。んで、とうとうここにも潜入して来たってわけだ」

「はい。しかも、そのターゲットが亜鬼場さんだった」

「ふ〜ん・・・んで、さっきの板ばさみの話になるってわけだな」

「・・・・・」

「わかった。話はわかったから・・・お前もう寝てろ。つか、寝て、早く怪我なおせ。どうせ動けんだろ?」

「・・・・・」

「とにかく、お前はしばらくここで寝てるしかねえべよ。な?」




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