05)とほほ


「ううう・・・いったいどうしてワシが、こんなとこに入らにゃいかんのじゃ・・・とほほ」

拓治郎は、これから死ぬまで住むことになるであろう彼の個室でまだ一人ブツブツ言っていた。
彼の部屋は、介護の必要がない生徒用のバス・トイレユニット付きのワンルームである。
入園3日目の今日も、ガックリと肩を落としたまま一日中誰とも口をきかず、
ただ部屋の中でゴロゴロふてくされていた。

「ワシぁ まだまだピンピンしてるっちゅうに・・・あほんだらが・・・
車もダメ。バイクもダメ。んでおまけに養老院か?
ううう・・・なんて住みにくい世の中なんじゃ・・・
人をバカにしくさって・・・このやどお・・・とほほ」

よほど入園がショックだったと見える。
もともと往生際の良い性格ではなかったが、歳をとると人間、なお頑固になる。

「そもそもあの食事はなんじゃ? “ヘルシーおじや”だと? 年寄り扱いにもほどがあるだろが・・・
ワシはまだ全部自分の歯じゃ。あんなもん食えるかってんだ・・・このやどお・・・とほほ」

養護法以降、次々と高齢者に関する新しい法令が施行されていったが、
拓治郎にとっては、3年前の道路交通法の改正も非常にこたえた。
高齢者による運転事故の急増による運転免許の年齢制限・・・
つまり、60歳以上の運転免許が廃止されたのだ。

それまでは、あの“高齢者マーク”さえ我慢すれば、
いくつになっても本人さえしっかりしていれば運転は許されていた。

しかし今では、60歳以上の者は電気モーター付きの4輪車椅子以外の運転は許可されない。
大の車・バイク好きであった拓治郎には、それはそれはショックな出来事であった。
あの時も抜け殻のように落ち込んで、一週間は食事も満足に喉を通らなかった。

しかし今回の養老院入りもまた、拓治郎にとっては大ショックである。

もっとも、最近のこういった施設での生活は、かつての養老院のイメージとは程遠い。
緑に囲まれた清潔で明るい宿舎。プライベートの確保されたこざっぱりとした個室。
門限の17:00までは、前もって許可を申請すれば外出も自由である。
広い庭、運動場、体育館、娯楽室、売店、トレーニングジム等の設備も整っている。

だが、拘束を嫌う、元来糸の切れた凧のような性格である彼にとって、
養護施設での生活など、まさに拷問に等しいものであった。
だいち17:00の門限じゃ、孫のアユと同じである。

「ワシゃ 幼稚園児か?」

入園の日、一緒についてきてくれたアユが、
「おじいちゃん。これアユが作ったんだよ。いつも身につけててね」
といって手渡してくれたお守りを見つめながら、
「・・・とほほ」
ため息をつく拓治郎。

ここは横浜市立富岡長寿園。
窓の外では、ゲートボール部の打撃練習の音が響いている。

夕日が窓から差し込んでくると、そろそろ夕食の時間だ。
今日のメニューは、どうやら“あっさりうどん”らしい。




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